オーナー個人の税務戦略に特化したコンサルティングを行う株式会社東京会計パートナーズの代表取締役・齋藤伸市氏の著書『財を「残す」技術』より一部を抜粋し、「役員退職金」で税金対策をするうえでの注意点を解説します。

税率が非常に低い「役員退職金」でお金を残すコツ

役員退職金は個人の資産を残すうえでも大きなメリットを発揮します。多額の役員退職金を受け取ると、会社に大きな負担をかけてしまう――もしも、こんな考え方を持っているなら、今すぐ捨てるべきです。役員退職金は役員報酬に比べて、税制面で大きなメリットがあります。このメリットを「活用するか、しないか」で納税額は大きく変わってきます。

 

たとえば、5年間で総額2億円の役員報酬を受け取るオーナー経営者がいたとしましょう。この金額をすべて役員報酬として受け取れば、手取り総額は1億2000万円程度になってしまいます。約8000万円の納税が必要になるのです。

 

これに対して、2億円のうちの半分を役員報酬で受け取り、残りの半分を役員退職金で受け取るとどうでしょう。手取りは1億5000万円程度まで増えます。その差額は、なんと3000万円です。原資の2億円は同じでも、受け取り方を変えただけで、ワンルームマンションが買えてしまうほど、納税額に差が生じます。

 

[図表]退職金活用のイメージ
[図表]退職金活用のイメージ

 

ここまで差が生じる原因は単純です。役員報酬にかかる所得税・住民税の税率は高く、役員退職金の税率は低いからです。同じ金額を受け取るのなら、税率が低い役員退職金で受け取った方が絶対的に有利ということになります。

 

役員退職金を組み込むことで会社の負担はどうなるかといえば、1年目から4年目までは役員報酬が減少するため税負担が増えますが、5年目で役員退職金をまとめて損金計上することができます。ですから、5年間の損金総額はまったく変わりません。

 

気になるのは、一期に多額の損金が発生することです。しかし、この損金は、繰越欠損金として、翌期以降、9年間は繰り越すことも可能です。もし、退任後に繰越欠損金を残したくないと考えるなら、掛け金が損金になる共済や保険を活用して、退職金の原資となる現金を準備しておけばよいでしょう。

 

個人の収入から負担する所得税や住民税は給与から天引きされるので、痛みを感じにくいものです。一方、法人税は一括納付なので、負担感があります。そのため、法人税の節税に目を奪われがちなオーナー経営者は多いものですが、天引きという錯覚に惑わされず、個人の収入に対しても、節税の高い意識を持つのが望ましいのです。役員退職金はそれを実現するために最適なツールです。

役員退職金は税務調査で狙われやすいため要注意

役員退職金は税制上、非常に優遇されていることから、節税対策として役員退職金を利用することは多くあります。問題は税務調査です。オーナー経営者の中には「退職金の税務調査は多くない」、あるいは「調査があっても厳しくない」と思い込んでいる人もいます。しかし、これはまったくの誤解だと言わざるをえません。

 

役員退職金に関しては一般的な税務調査と同等、あるいはそれ以上の厳しさで調査が行われるという前提で、きめ細やかな対策をとっておく必要があります。その対策に関しても勘違いが少なくありません。

 

税理士でさえ、役員報酬の2分の1未満の減額や登記変更、株主総会の議事録の用意をしておけば、税務調査が入っても問題ないと考えているケースが多くあります。顧問税理士からそのような説明を受ければ、オーナー経営者自身も同じ認識を持ってしまうのは当然でしょう。

 

実際には、これらの対策は対策と呼べるレベルのものではありません。税務調査では、新社長や役員はもとより、一般社員、取引先、金融機関にまで反面調査が行われます。その際、「人事や営業などで大事なことは誰が決定しているのか」に焦点を当てて、反面調査が徹底的に行われます。もしこの調査で、退職したはずの経営者が継続して経営に参加している実態が明るみになれば、退職金が全額、否認されることもありえます。

 

最近、国税庁の職員の研修や税務に関する研究を行う「税務大学校」の論文でも「同族会社のオーナー経営者のみなし退職は厳しく見るべきだ」という内容を目にしたことがあります。今後、退職金の税務調査がますます厳しくなる可能性は十分あると言えます。

 

では、退職金を否認されたら、実際にどれくらいの負担が発生するのでしょうか。まず、全額が否認された場合には、損金扱いにならないため、退職金を払った企業側には法人税が発生します。併せて受け取った本人も、退職金が否認されれば、受け取った金額は役員賞与の扱いになりますので、所得税が大幅に増えます。これらに重加算税を加えると、受け取った金額以上の税負担が発生することもあり得ます。このような退職金の否認を防ぐために、まずは従来から言われている形式的な対策をとりましょう。

 

〈退職金で否認されないための形式的な対策〉

① 役員報酬の2分の1未満の減額

② 登記変更

③ 株主総会の開催による退職金の周知

④ 株主総会の実施および議事録の作成

 

この中で特に抜け落ちやすいのは、株主総会を開催し、役員退職金の額や支払いを周知したという議事録の作成です。株主総会か取締役会を開催せず、経営者自身が便宜的に議事録を作成するケースも見受けられますが、役員全員に聞き取り調査が行われれば、退職金について周知されていないことはすぐに露見します。

 

また、このような形式的な対策を講じたとしても、それだけでは対策としては不十分です。常勤のように毎日出社したり、経営の重要事項の決定には参加しないようにして「経営から退いた事実」が重要なのです。創業者や元社長が会社に頻繁に顔を出せば、権限が強くなってしまいがちです。たとえ、出社頻度を減らしたとしても、自社株の大半を所有していれば、周囲は意見を聞かざるをえません。

 

逆にいえば、経営者自身がよほど意識して退職をしない限り「経営から退いた事実」をつくることは難しいといえるでしょう。この点に注意して退職の準備を進めていく必要があります。

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